2008.12.12

江戸語の罵声が飛び交う宇宙

 友人に借りていた今日泊亜蘭『宇宙兵物語』を読了。
 今日泊亜蘭はアンソロジー『全艦発進せよ!』収録の短編しか読んでいない、と言ったら貸してくれた本。

 何となく谷甲州を思い出させる外惑星の設定など、部分部分では他でも探せそうな太陽系内宇宙ものなんだけど、ストーリーを乗せる文体の独自性と、その文体を最大限に生かせるようにつくられた登場人物たちのキャラクターが実に良くて、結果的に強烈な個性を放っている。
「江戸語」がSF(それもばりばりの宇宙SF)にこれほど合うとは思わなかった。

『全艦発進せよ!』収録の短編は、作風はともかくこんなに強烈な文体はしていなかったと思うんだけどなあ。
後書きを見ると『全艦発進せよ!』収録の短編の方が、『宇宙兵物語』より前に書かれているはずなのだが……と言うことは、作者はこういう文体をかなり意識的に採用している、と言うことか。

 そう考えるとさらに凄いなあ。

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2008.12.10

今年の百冊目

 今年の百冊目は、ちくま学芸文庫の『正史三国志6 呉書I』だった。
 買ったのはずいぶん前だけど、拾い読みしかしていなかった本。
 いや、今回も読む順番めちゃくちゃだったのだけど、一通り全部読み通せた。

 実は士燮の伝を目当てに読み始めたのだが、士燮伝が入っているのは「劉繇太史慈士燮伝第四」
 孫策の侵攻をうけて支配地を失った劉繇、その劉繇の配下(と言うより客将か?)から孫策に降伏し、後に対劉表の国境地帯をまかされた太史慈、そして最南端の辺境で半ば独立勢力に近かった士燮。
 こうしてみると、演義以来「典型的な武人」のイメージが強い太史慈は、正史ではむしろ「優秀な地方統治者」枠で見られていたように思える。
 創作では暗愚なイメージの強い劉繇が、意外に高評価だったりするのも面白い。

 さて、今年中にあと何冊読めるやら。

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2008.10.24

長い「その後」の物語

 以前から、古本屋で単行本を見かけて気になっていた中村彰彦『桶狭間の勇士』が、文庫版も出ていると知って購入、数日前に読了。

 信長に仕える二人の武士、毛利新介と服部小平太が桶狭間の合戦で今川義元を討ち取る所から始まる連作短編。
 物語は桶狭間から始まるものの、作中「大手柄を立てるのが二十年以上早すぎた」と言われた二人の「その後」が作品の主題となっている。

 大柄で強力、若くして功名を上げ、みずから「一介の武辺」をもって任じながら、筆の立つ所からいつの間にか文官として認められていく無口な毛利新介。
 一方、小柄ですばしこく、三十過ぎてようやく桶狭間の功名を上げながら、やがて信長の元を辞し、羽柴秀吉の馬廻りとなる、童顔で尾張訛りの抜けない服部小平太。
 この作品の魅力は、主人公である二人の造形の妙による部分が大きい。

 年のせいか、読んでいるとき、なぜか今ひとつ運に恵まれない服部小平太に感情移入することが多かったなあ。
 性格的にはあんまり好みのキャラでもないのだけど。

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2008.09.23

思い出の戦国自衛隊

 ちょっとしたきっかけで半村良『戦国自衛隊』を再読。
 最新装備(といっても執筆当時=1970年代の)とともに自衛隊員30名が戦国時代へタイムスリップ……というと派手派手しいアクションを想像しがちだが、ここでは派手なスペクタクル描写が(まず間違いなく意図的に)抑えられている。
 唐突に違う時代、違う世界(彼らが送り込まれた先は、単純に我々の歴史世界をさかのぼった世界ではなかった)に送り込まれた混乱、そこから何とか立ち直り、否応なしに時代に順応していく自衛隊員たち。
 この作品がいまだに古びないのは、驚くほど淡々とした描写にもかかわらず、伊庭三尉をはじめとする登場人物の心情の移り変わりをうまく描いているからではないだろうか。

 今回読み返した文庫本、じつは、中学生の時に買ったもの。
 それ以前も子供向けの単行本やソノラマ文庫など今で言うライトノベルのたぐいは読んでいたが、いわゆる「大人向け」の文庫本を買ったのは、この時が初めてだった。
 石川賢(当時のクレジットは永井豪となっているが、石川賢の画集に収録されいる)のカバーイラストも、当時はむしろ大人向けの絵に見えたものだ。
 帯がセロテープで補修してあったり、学校へ持って行くときのためにカバーへ名前の頭文字を書いてあったりするのが今となっては非常に痛々しいが(笑)、煽りたてるような所のない、淡々としていながら味わい深い文章に、ずいぶんはまった覚えがある。

 そういえば、上杉謙信の本名=長尾景虎の名前を覚えたのも、この本だったっけ。

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2008.09.19

「現世の最高神」を名乗る意味

 藤巻一保『第六天魔王信長―織田信長と異形の守護神』を読了。
 特に創作などで無神論者として描かれることの多い織田信長の「信仰」について書かれた本で、著者が作家と言うこともあり、際物じゃないかとびくびくしながら読み始めたのだが、これが思いの外面白かった。
「神と仏の礼拝を意としなかった」信長が、実はしばしば神社などに寄進していることは前から知っていたが、その矛盾とも見える行動の理由を信長の神仏観から説明している。
 信長が嫌ったのは実在するかもわからない「来世の幸福」を種に「現世での収奪」を正当化する既存の宗教システムであって、必ずしも霊的な物を全否定していたわけではない。
 実際、石山本願寺との最終和睦(実際は本願寺側の降伏)に際して天皇仲介の元で交わされた起請文に誓う対象として名をあげた神仏のうち、いわゆる「お約束」の名前をのぞけば「……天満大自在天、愛宕、白山権現……」と、すべて「来世の幸福」ではなく「現世利益」を御利益とする名前が並んでいる。
 そしてこれらの神々は、いろいろな象徴や属性によって、大自在天=第六天魔王に習合していく。

 このへん、山本ひろ子『中世神話』あたりの内容を思い出す記述も多くて、読んでいてワクワクしてきた。

 原著が1991年の本(文庫化は2001年)なので若干古い記述もあるが、それでも十分に興味深い本だった。

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2008.09.04

終わりの後に始まりを読む

 戦国の終わりを告げる『関ヶ原』に続いて、戦国の幕開けを描いた『箱根の坂』全三巻を読了。作者は同じく司馬遼太郎
 主人公は伊勢新九郎こと早雲庵宗瑞。北条早雲と行った方が通りがいいだろう。
 執筆当時の通説通り、四十を過ぎてからようやく動き出す伊勢新九郎を見事に描いている。
(最近では、通説より二十歳以上若かった、とする説もあるらしい。→Wikipedia

 強いて言えば、早雲が五十を過ぎてから結婚した妻との間の話を、もう少し読みたかったかもしれない。
 この作品中の早雲は(特に中盤以降)しょっちゅう旅に出ては自ら領内のみならず敵地まで実情を見に行ってしまう人なので、あんまり家庭内の描写がないのだよね。

 それにしてもこの早雲、やることなすこと気の長いこと。
 時代を動かす実力を得ながら、いまだそのことに気づいていない国人衆や農民たちに、ひたすら根気よく自分の考えを浸透させていく。
 戦にしても、絶好の機会が来るまで数年、場合によっては十数年もの時間をかける早雲は、とても人生の折り返し地点を過ぎてから動き始めたスロースターターとは思えない。

 四十を過ぎてからようやく活躍し始め、ついには実力で国を得る早雲の姿は、結構いい年となった自分にとって心強い……と言っても、早雲は若い頃から礼儀作法やら学問やらの素養の積み重ねがあってのこと。
 ふり返ってみるに自分は……。

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2008.09.02

『関ヶ原』を読む

 最近、戦国時代物の歴史小説が読みたくなっている流れで、司馬遼太郎『関ヶ原』全三巻を読破。

 自分はいわゆる「司馬史観」とかって持ち上げ方はどうかと思うし、この本自体も書かれたのが古い分、最新の研究とは違ってきているとか、ケチの付けようはいろいろあると思うが、このおもしろさの前には、そんな些細なことなど問題にならない。
 仕事帰りに本屋で見かけて「そういや読んでなかったよなー」と立ち読みし始めたら止まらなくなり、これは買っていかないといつまでも家に帰れない、くらいの勢いになってしまった。

 印象に残ったシーンも多いが、特に忘れられないところを一つ。
 作中、悪役として描かれ、今までさんざん偽善の限りを尽くしてきた家康が、決死の任務を命じた老臣との別れの酒席が終わった後、一人、何の演技もなく顔を覆って泣く。
 単に悪辣な人物として終わらせない、この辺の描写はさすがだなあ。

 ちなみにこの作品、小説読むのは初めてだけど、20年以上前(1981年)にTBSでドラマ化されたのをリアルタイム見ていて、いまでもその印象が残っている。
 というか、島左近と本多正信(どちらもこのドラマで知った)のイメージは、いまだにあのドラマでの三船俊郎と三国連太郎の姿で浮かんでくるくらいだ。
 森重久弥の徳川家康はもちろん、加藤剛の石田三成も良かったけど、原作と読み比べると「横柄者(へいくわいもの)」と言われた三成にしては、人当たりが良すぎたかもしれない。
 いや、ドラマの主役としては正しいキャスティングだったと思いますが。

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2008.08.09

働き者の戦歴

 谷口克広『戦史ドキュメント 秀吉戦記』を読んで、感想書くのを忘れていた。
 ……実はこの本、『へうげもの』で描かれなかった中川清秀戦死の経緯をちゃんと読みたくて、古本屋で衝動買いしたのだったり(^^;)。

 秀吉が小物から天下人になるまでの戦歴を解説した本だが、史料の関係で中心になるのは、信長の上洛戦~山崎の戦いで明智光秀を破るまで。
 その前後も一応触れられているが、特に天下人となってからは概略しか触れられていないので注意。

 気になるのは偽書の可能性が高い(というより江戸時代初期の成立じゃなさそうなのは確実な)『武功夜話』をしばしば引用している点。
 ただ『武功夜話』の内容に問題があるのは著者も十分承知していて、他の資料と一致したり、一次史料と整合性のとれる部分だけ引用しているので、まるっきり的はずれって事はなさそう。

 立場としては信長直臣ながら他の武将の配下につく「与力」制度や、琵琶湖を囲んで浅井・朝倉に対抗していた時期の信長家臣団の配置など、興味深い話が多く、楽しめた。
 一般には評価の低い、本能寺後の滝川一益について、北伊勢で秀吉軍相手に抵抗した戦いぶりからかなりの高評価を与えているのもちょっと面白かった。

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2008.08.04

キャラが立っているのがいい

 本読みの先達より借りた北方謙三『三国志 一の巻 天狼の星』を読了。
 歴史物なのでメインのストーリー自体は他の三国志ものと同じだが、文章自体の「北方節」が独自の雰囲気を出していていい感じ。
 密かにきれやすい性格を隠している劉備、年上の妻を心底愛している呂布など、結構うまくキャラクター付けされた登場人物たちが面白い。
 未読の山がもう少し減ったら、続きに手を出してみよう。

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2008.07.31

老境の旅人

 今年のフェアの『今日の早川さん』オビをなかなか見かけない……と探し回って渋谷パルコの地下でみつけた、ロバート・シルヴァーバーグ『夜の翼』を読了。
 読む前に想像していたよりSF色が強いというか、ホジスン『ナイトランド』みたいなのを想像していたらクラーク『都市と星』に近かった、というか。話の内容は全く違うのだけれども。

 語り手となる主人公がすでに老人であるせいか、頭上で戦闘が繰り広げられているシーンであってもピアノかオルゴールの音が聞こえてきそうな文章が心地よい。
 内容的には自分が苦手とするような(つらい話の出てくる)ストーリーなのだが、不思議と引っかからずに読み進められた。

 この主人公の諦念と惰性といらだちの入り交じった境地は、二十代の頃に読んでいてもぴんと来なかったかもしれない。
 同じ文章を読み取っていても、そこから実感を持って感じ取れるものに何があるかは、年齢によって確実に違ってくると思う。
 ……でも、シルヴァーバーグはこの話を三十代半ばで書いてるんだよなあ。
 これだから天才は。

 Amazonのレビューでも書いている人がいたけど、後半の「救い」の舞台が少々キリスト教的すぎるのが残念と言えば残念。
 とはいえ鼻につくほどではないので、一度発達した文明が衰退した後の世界を描く「遠未来SF」が好きなひとにはお勧め。

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