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2008.09.19

「現世の最高神」を名乗る意味

 藤巻一保『第六天魔王信長―織田信長と異形の守護神』を読了。
 特に創作などで無神論者として描かれることの多い織田信長の「信仰」について書かれた本で、著者が作家と言うこともあり、際物じゃないかとびくびくしながら読み始めたのだが、これが思いの外面白かった。
「神と仏の礼拝を意としなかった」信長が、実はしばしば神社などに寄進していることは前から知っていたが、その矛盾とも見える行動の理由を信長の神仏観から説明している。
 信長が嫌ったのは実在するかもわからない「来世の幸福」を種に「現世での収奪」を正当化する既存の宗教システムであって、必ずしも霊的な物を全否定していたわけではない。
 実際、石山本願寺との最終和睦(実際は本願寺側の降伏)に際して天皇仲介の元で交わされた起請文に誓う対象として名をあげた神仏のうち、いわゆる「お約束」の名前をのぞけば「……天満大自在天、愛宕、白山権現……」と、すべて「来世の幸福」ではなく「現世利益」を御利益とする名前が並んでいる。
 そしてこれらの神々は、いろいろな象徴や属性によって、大自在天=第六天魔王に習合していく。

 このへん、山本ひろ子『中世神話』あたりの内容を思い出す記述も多くて、読んでいてワクワクしてきた。

 原著が1991年の本(文庫化は2001年)なので若干古い記述もあるが、それでも十分に興味深い本だった。

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