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2006.04.05

砂漠の咆吼

 ネットで思いのほか評判が良かったので早々に購入したのだが、文庫や新書でない本は通勤に持ち歩くのにちょっと覚悟がいる……というわけで、ずいぶん遅くなってしまったがドナルド・タイスン『ネクロノミコン アルハザードの放浪』を読了。

 ラヴクラフティアンの長年の夢の一つに「ラヴクラフトの創作した魔道書『ネクロノミコン』を再現する」というのがあるが、この本はこの夢をストレートに実現してみせた本である。

『ネクロノミコン』を再現した、というふれこみの本では、ジョージ・ヘイ、コリン・ウィルソン『魔道書ネクロノミコン』が以前からあった。
 これは「ジョン・ディーの残した暗号書は実は『ネクロノミコン』の翻訳で、ラヴクラフトはこれを元ネタにしたのだ」という設定の下に作られた本であり、「こっちが原典」という言い訳によって必ずしもラヴクラフトの著作と一致してなくてもOK、というスタンスで書かれた本だった。

 一方、ドナルド・タイスン版の方は『ネクロノミコン』をラヴクラフトの創作物と認めたうえで、「じゃあ、作中世界の本が実在したらどんな内容だったんだろう」というのをストレートに再現してみせた本だ。
つまり(訳語の違いはともかく)ラヴクラフトの小説に出て来た『ネクロノミコン』の一節がちゃんと出てくるというわけだ。

 体裁はあくまで原書の翻訳というスタンスをとっているため普通の小説とはだいぶ趣が違うが、古典を読みつけた人などには、まさに副題どおり「アルハザードの放浪」の軌跡を面白く読むことができるだろう。

 後書きで訳者の大瀧啓祐氏も書いていたが、この本の功績の一つは「著者・アブドゥル・アルハザードがなぜ「狂えるアラブ人」と呼ばれるに至ったか、また何故ロバ・エル・ハリイェーという無人の砂漠で十年間も過ごしたのか」という点に、一つの解答(というか設定)を出したところだろう。
 序文(ギリシア語訳版の訳者による!)で早々に明かされているが、敬虔なイスラム教徒である美青年が転落した理由を見事に説明した作者の発想はすばらしい。

 著者は実際にグノーシス神秘主義などの魔術関連に傾倒した人だそうで、そのせいか後半は西欧伝統魔術の影響を感じさせる記述も多く、旧支配者などの描写についても(これは意図したものかもしれないが)いかにも「当時の人間の限界の範囲内」で書かれたような感じで書かれている。
 そのため『狂気の山脈にて』『闇に囁くもの』のようなコズミック・ホラーを期待するとちょっと外した気分になるかもしれない。
 しかし『無名都市』『魔宴』、さらには『レッドフックの恐怖』あたりの雰囲気には非常にぴったりくるので、この辺にぴんと来たら手にとってみられるのをお薦めする。

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