« 1931年1月23日、レイク隊の見たもの | トップページ | 最長不更新記録更新 »

2006.01.28

「拙速」は尊んじゃいけない

「兵は拙速を尊ぶ」

 この言い回しを最初にきいたのはいつだったか覚えてないが、要は企業のトップなんかが、
「あれこれ考える前に、まず行動しろ!」
 みたいな感じでつかってる言葉だ。

 こういう紋切り型の言い回しというのは大抵何かの本の受け売りなんだけど、これを言う人の間では、この言葉は『孫子』の一節だ、ということになっているらしい。

 なっているらしい……と書いたのは、実は『孫子』にそんな文章は存在しないからだ。


 正しい『孫子』の原文はこうだ。


 其の戦いを行うや久しければ、すなわち兵を鈍らせ鋭を挫く……(中略)
 ゆえに兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを賭(み)ざる成り。

 ここで「兵」と言っているのは兵士のことではなくて「戦争」の意味。
 前後の文章とあわせて意訳すれば、こんな感じになる。

 「戦争ってのはとにかく金のかかるハナシで、長々とやってたら国がぼろぼろになってしまう。そんなときに他国に攻め込まれでもしたら、どんな天才だって対処できっこない。
 戦争で「下手くそだけど早く終わった」って話はあっても、「うまいこと長引いた」なんてことは聞いたことがない
 だから用兵のデメリットを理解してない奴に、用兵で利益を得るなんて出来っこないのだ。」

 この文章が載っているのは、『孫子』の「作戦篇」という章。
 ちゃんと原文を読めば、孫子は「拙速」を尊んでなんかいないのは一目瞭然。
 せいぜい「だらだら長引くよりはマシ」位にしか言ってないのだ。

 確かに同じ「作戦篇」に「兵は勝つことを貴ぶ。久しきを貴ばず」って一説はあるけれど、それはあくまで「実際に行動に移ったら、とっとと終わらせろ」という意味で使われている。
 そもそも『孫子』ってのは「事前準備の大事さ」を強調している本で、「相手の事前調査も自己分析も出来てない奴は、何度戦っても勝てっこない」と断言しているくらいだ。
 対陣してからの臨機応変さも、前線指揮官の独断専行を認める姿勢も、みんな十分に準備と調査をした上でのことなのだ。


 ちょっと思いついて「兵は拙速を尊ぶ」でGoogle検索したら、428件も見つかった。
 何も引用元の本を全部読め、とは言わないが、会社のトップが経営方針述べる時くらいは、該当する文章がどんな文脈で使われてるか気にしてほしいと思うんだけどなあ。

|

« 1931年1月23日、レイク隊の見たもの | トップページ | 最長不更新記録更新 »

コメント

おそらく、拙速を尊ぶあまり、原典を参照したりはしないのだと思われます。

投稿: はぐれ狼 | 2006.01.29 17:05

なるほど、非常に納得が行きました(笑)。

投稿: 狂仙 | 2006.01.29 23:34

然り!大体、馬鹿な経営者は孫子や三国志(それも吉川英治の)を引用して、朝礼なんかで使うんですよ。困ったものですね。

投稿: 雷桜 | 2006.03.24 21:42

調べてみると、巧久の意味の捉え方が二通りあるように感じました。

僕は、巧久=『うまくやろうとして時間をかける』という意味だと考えます。

戦争で「とにかく早くやったらうまくいった」って話はあっても、「万全を期す為に時間をかけてそんでうまくいった」なんてことは聞いたことがない。

ってことだとおもうんです。

で、長いじゃないですか。

『ゆえに兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを賭ざるなり。』

だと。

それでまあ、まとめて

『兵は拙速を貴ぶ(尊ぶ?)』でもいいんじゃないですか??

たとえ『神速を貴ぶ』あたりと合体しちゃってたとしても。

投稿: かんちゅう | 2011.07.23 22:16

『旧漢書・韋挺伝』に「兵は拙速を尚ぶ。巧遅を貴ばず」

投稿: | 2013.01.20 01:01

あなたが本気で

「兵は拙速を尊ぶ」=「あれこれ考える前に、まず行動しろ!」

と、思ってるなら孫子も悲しんでいるでしょう

まったく意味が違う

投稿: | 2013.11.20 17:36

本当は韋挺さんの言葉なんです?

投稿: | 2014.09.19 16:20

経営側としてはわかって言ってるんじゃない?
バカがいくら考えても時間の無駄だしさ、
指示された通りにさっさと動けって事だよ。
そもそも、出来る奴に言わない言葉だし。
出来ない奴を無理矢理奮い立たせる方便だから、
意味なんて理解出来ないとおもわれてる、って
事だね。まぁ、つまり…
言われた事がある人は、使えない奴って事。

投稿: | 2014.11.07 07:03

↑相手を馬鹿だと見下して、その上で馬鹿なことを言って良いというのは、結果の如何にかかわらず、責任を他者に転嫁せずにきちんと背負える人がやってこそ許される行為だろう。

自著本や自室の額縁にこの言葉を堂々と掲げている経営者など恥知らずかただの無知かだよね。
どっちであれ、会社と社員の恥だ。

投稿: 三申 | 2014.12.23 10:58

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18659/8387392

この記事へのトラックバック一覧です: 「拙速」は尊んじゃいけない:

« 1931年1月23日、レイク隊の見たもの | トップページ | 最長不更新記録更新 »