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2005.11.09

美に負ける快楽

 池袋リブロで表紙の見える状態で並べられていたのが運のつき、いきなりぴんと来てしまって谷崎潤一郎『人魚の嘆き・魔術師』を購入、帰りの電車で心地よく読了。

 谷崎潤一郎のように「純文学」(括弧つきなのは本当の純文学というより、この単語に一般人が持つイメージの方を問題にしたいからだ)というレッテルで語られる作品はどうしても敬遠されがちだが、実は、
「純文学の文脈より幻想文学読みの方が、はるかに的確かつ面白く読めるのではないか」
という作品が結構あったりする。

 この『人魚の嘆き・魔術師』も、ロード・ダンセイニや稲垣足穂(こちらは河出文庫『ヰタ・マキニカリスI』しか読んでないのだが)、澁澤龍彦の小説などを好きな人こそ楽しめる本だと思う。

 ありとあらゆる放蕩に飽き、若き日が過ぎ行くのをむなしく見送る清朝の貴公子の心を奪う人魚。
 また、歓楽と猥雑をきわめた公園の一角に無気味な小屋を掛けて人の心を奪う美貌の魔術師。
 大正八年に書かれたとはとても思えない水島爾保布の挿絵(リンク先で中公文庫版で省略されたカラー口絵が見られます)と相まって、文字どおり耽美な幻想の世界に浸ることができる。
 江戸川乱歩が「憑かれたる如く愛読した」というのも非常に納得できる本だ。

 文庫巻末の解説者はしきりと現代的でない、古臭いと言っているが、あまりそんな感じはしない。
 いや、確かに古風ではあるし漢語(といっても漢文というより二字熟語の形容)がちりばめられた文章は読み慣れてないと辛そうだが、ダンセイニ卿やC.A.スミスあたりが好きだという自分のような人間にとっては、この文章がかなり心地よい。
 なんというか、黄金や宝玉で飾られた発掘品を博物館で鑑賞しているときのような快感がある。
 そういえば、夢枕獏が時折、こういう文体を利用して作品を書いていたような。

 谷崎潤一郎の作品はあまり読んでいないのだけど、昔読んだ『陰翳礼讃』での、偏屈じいさんの役を嬉々として演じているような語り口はかなり面白かったなあ。
 欧米人の前歯をむき出した笑い方をトイレのタイルみたいだと言い出すなんて、なかなか出来る技じゃない(笑)。

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