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2005.11.07

冒険小説としてのSF

 『海竜めざめる』に続く「古本屋に並んでた古いハヤカワ文庫」第2段。
 ジェイムズ・H・シュミッツ『悪鬼の種族』を読了。

 若い女性が全篇のほとんどを水着姿で走り回る話……という説明から受ける印象とは、物語は大幅に食い違った展開を見せる。
 主人公はナイル・エットランド。職業は生物学者。
 といっても大学の教授というわけではない。製薬会社の研究員として、故郷である植民惑星ナンディ=クラインにある浮標木(フロートウッド)の森で標本採取などの調査・研究に携わっている。
 なんで彼女が水着姿なのかといえば、海の上に直接絡み合った樹木や葦が生えていて、移動の半分が水中になる浮標木の森で活動するための服装なのだ。

 そんな彼女の大学時代の恩師、ティコス・ケイは、自らの研究のために浮標木の森で隠者のような生活を送っていたが、ある日ぱったり連絡が取れなくなってしまう。
 数十年前「ハブ連邦」と呼ばれる人類植民地への侵略に失敗し、故郷の星域へ撤退していた両棲人類・パラファン族がひそかに先遣隊を送り込み、ティコス・ケイはその捕虜になってしまったのだ。
 彼はパラファン族の誤解を利用して、なんとか彼らの全面侵攻を思いとどまらせようと一世一代の嘘をつく。
 かくして彼を探しに来たナイルは、ティコス・ケイがでっち上げた超人類の一員として、パラファン族を相手に浮標木を駆け回る羽目になるのだ。

 UW銃や偏重力登攀ベルト、グリップサンダル、ジェット潜水具といったガジェットの数々、ミュータント・カワウソの相棒(これがまた良いキャラクターなんだ)、チャクティオールやウミヘイヴァルといった異星生物の生態系、そして階級によって体のサイズまで違う(階級が高いほど、体が小さく、かつ強靭なのだ!)両生類のパラファン族。
 こう並べると、なんだか久しぶりに感じるわくわく感がある。
 古典的スペースオペラ(これも好きなんだが)ほど古臭くはないけれど、ちょっと懐かしい「冒険アクションとしてのSF」を堪能させてくれる作品だった。

 なお、手元に有るのは初版本のようだが、扉前のページにはカバー/口絵/挿絵が「深井国」氏と書かれている。
 しかし、カバーにはイラストが「佐藤道明」氏となっているし、口絵・挿絵もどう見ても深井国氏のイラストじゃない。
 ざっとぐぐってみたがカバー/口絵/挿絵が佐藤道明氏、とされているだけで、この辺の誤植についての記事が見当たらなかった。覚え書き代わりにここに書いておく。

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コメント

我が家にあるのも初版らしく、深井国ではない表紙がついていました。問題は、読んだ記憶がないってこと。時代からすると、私が買ったようなんですけどねぇ。

投稿: ゆうよ | 2005.11.07 22:52

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