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2005.07.17

SF大会参加記(2日目)

 朝、TVをつけたらちょうどやっていたので、初めて響鬼を見る。
 支度しながらだったのでざっと見た程度だが、今日の話はオーソドックスな成長話で好感が持てた。
 何より、最近には珍しく主人公が「導く側」の役なのがいい。
 昔のライダーって「お兄さん」な存在だったよなあ。

 行く途中の電車の中でハリーポッターの原書を読んでいる人がいたが、ふと見ると見覚えのある布袋を下げていた(笑)。
 みんな向かっているのだな。

 今日最初に参加したのは「長谷川裕一の特撮SF解釈講座-すごい科学で守ります!」。
 以前は人が一杯で参加できなかったが、今年は小ホールだったので参加。
 戦隊モノを全然見てなくても、長谷川裕一氏はじめパネラー陣の話芸(笑)で十分楽しめた。
 今年の目玉(?)だったゴジラの考察もお見事。
 耳の有無と足の爪の本数で「逆襲ゴジ:キンゴジ別個体説」を説明してくれたのはさすが長谷川氏。
 10~11月頃には「すごかが」の新刊が出るそうなので期待しよう(笑)。

 休み時間に、前日はセットが売り切れていた2Fのティールームで昼食。
 内容の割に若干高めだったが味はまあまあ。場所を考えれば十分許容範囲か。

 2つ目の企画は「指輪物語トンデモ本の世界」。
 ちょっとトンデモな本の紹介数が少なかったのが残念。
「と学会の許可を取らずに企画申請したので、ディーラーズルームで挨拶してきました」とのことで、途中から山本宏氏が様子を見に来ていた(笑)。
 山本氏が来た頃には用意してたアレな本の話はおわっちゃってましたが。
 まあ、濃い話が聞けたのでOK。

 合間に「そういえば見てなかったな」とアートショーを見に行く。
 メインに飾られていた金森 達氏のカバーアートは、やや荒い筆致なのにリアルな人物(スタートレックのノベライズの表紙とか、出演者そっくり)が非常に印象に残る人だ。
 さすがに複製画の発注までは至らなかったが……って、飾る壁面ないし(^^;)。
 もう一つ忘れていたマッドサイエンティストカフェにも行く。
 わざわざイスを出してもらったりしたのに、一杯飲んでちゃんと挨拶もせずに引き上げちゃってすみません<(__)>。カクテル「ケイオス」、結構美味しかったです(^^;)。

 3つ目の企画は「前田建設ファンタジー営業部」。
 さすが本職、プロジェクターで映すプレゼンソフトの出来が他の企画より格段に完成度が高い(笑)。
 メインはサイトで紹介している999発車高架橋の解説だったが、いろいろ興味深い周辺事情の解説などが語られて面白かった。
 最初の挨拶の時に「こういう壇上に上がるときは「圏央道貫通絶対反対!」とかの垂れ幕が並んでるような事が多くて、こんなフレンドリーな雰囲気でやるのになれてなくて緊張してます」と言っていたのには妙に納得(笑)。

 最後の各賞授賞式~クロージング……ジェンダー大賞の授賞式、アレでいいのか(笑)。まあ、当事者の人たちが楽しそうだったのでいいんだろうな(笑)。
 暗黒星雲賞、タイムテーブルがその他部門のみならず企画部門と2冠を達成
 野田元帥、今日もとばしてましたが(笑)楽しそうだったので何より。
 元帥が楽しそうにしてると「ああ、SF大会続いてて良かったな」という気分になるのが不思議。
 結構ぐだぐだな所があってもあんまり心配せずに見れたのは、参加者が場慣れしてる安心感なのかもしれない、と思ったり。
 何はともあれ、お疲れ様でした>運営陣&ゲストの方々。

 終了後、花火大会の人出で大混雑の中、今日も友人たちと会食。
 久しぶりなんで好きな本の話とか語りまくってしまってすみませんでした(^^;)>関係者。

 今年の大会のレポートは以上。
 個人的には、申し込み費用分は楽しめたので満足かな。

注)この記事はとりあえず記憶の薄れないうちにと帰ってきてすぐに書き殴ったものです。
  後日、いろいろ修正が入るかもしれません。

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2005.07.16

SF大会参加記(1日目)

第44回日本SF大会 HAMACON2
 朝、予定より30分遅れで起床。
 とはいえ、時間にはかなり余裕を見てあるので大丈夫だろう。
 およそ5年ぶりにSF大会専用アロハシャツ(初めて参加した年に買った、キッチュな日本絵柄になぜか落書き風ロケット&ロボットの混じったアロハ。某旅行会社のものにあらず)に袖を通す。
 特に支障なく現地へ。
 着いてびっくり、意外と長い行列が。受付の段階で、もうなつかしい人たちと何人か再会する。
 ああ、SF大会に来たなあ、と実感。
 受付を済ませて、個人的に最初の企画である献血(笑)に行く。
 約15年ぶりの献血で、400cc抜いてもらう。
 ……予想以上に待ち時間が長く、オープニングアニメを見逃す。

 最初に参加した企画は「机上理論学会発表会」。オープニングもそうだが、手際が悪くてごたごたしても全く気にならないってのはなぜだろう(^^;)。
 発表も徐々に盛り上がって、花咲じいさんの意外な正体については大ウケ(笑)。
 献血後に「水分を補給しろ」といわれてがぶ飲みしたせいで自然に呼ばれて最後のネタをきかずに退出してしまったが、最後まできいた人によるとアンパンマンについてのかなり笑える考察だったそうだ。

 休み時間にコンビニへ買い出しに行き、カロリーメイトで昼食を済ませる。
 仕事場でも昼休みに食べ損ねたりするとたまにやるのでこれで十分。

 2つ目の企画は「SF寄席~原始怪物ガニラvs蠅男」。紙芝居「原始怪物ガニラ」と海野十三の怪奇探偵小説(?)を講談師・旭堂南湖さんが熱演。
 身も蓋もなくわかりやすい(笑)原始怪物ガニラも面白かったが、蠅男の話を聞いてるうちに「あれ、これ知ってるぞ」と記憶がよみがえった。
 小学生の頃、図書館で謎の密室殺人が始まるところまで読んでそのままになってしまった話だった。
 ○十年ぶりに結末を知ることが出来たが、こんなすげー話だったのか(^^;)。

 休み時間にディーラーズルームを見て回る。
 シール企画、作っていけば良かったな。次の機会には忘れないようにしよう。
 吉例の手ぬぐいと、と学会誌を購入。
 正式版のタイムテーブルが手に入らない……今年の暗黒星雲賞その他部門は確定っぽいな。

 本日最後の企画は「ファンタジー茶話」
 映画をネタにしたトークショウ。ひかわ玲子さんと小谷真理さんが本当に楽しそうに語る。
 特に小谷真理さんは飛ばす飛ばす(笑)。
 とりあえず『クイーン&ウォーリアー』の序盤を見ることが出来たのは一生の思い出になるかもしれない(^^;)。

 1日目の企画終了後、友人たちと食事へ。
 久しぶりに思い切り語って大満足。
 当初は泊まりも考えていたけど、終電までかなり余裕があるので素直に帰宅。
 というところでまた明日。


注)この記事はとりあえず記憶の薄れないうちにと帰ってきてすぐに書き殴ったものです。
  後日、いろいろ修正が入るかもしれません。

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2005.07.10

や、痩せたねえ

 映画『宇宙戦争』を見に行ったら、驚くほど痩せたピーター・ジャクソンが、新作『キング・コング』の予告をやっていた。
 時代設定もオリジナル通りなのね。
 ちょっとドリスコル役が頼りなさげに見えたけど、ちゃんと恐竜が出てきてくれるようなのでとりあえず見に行くのは決定だろう(笑)。

 1933年のオリジナル版は、今やたったの500円でDVDが手にはいるので、興味のある方は一度見ておくのも良いかと。
 古さを考えれば、驚くほど楽しめる映画です。

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「戦闘」ではなく「戦災」を語る

 地球より重力が小さい環境に生まれたため、手足は触手のように細長くなっている。
 大気の薄い場所で音を聞き取るために、巨大な後頭部全体が鼓膜となっている。
 知能の発達の結果頭部が巨大化し、反対に食事として固形物を取ることが無いため消化器官が退化して、胴体がほとんど消滅している……。
 今では「タコ型の宇宙人」といえばギャグでしかないが、H.G.ウェルズが創作した当時の火星人は、人類を単なる食料としての下等動物にしか見ていない、まさに恐怖の存在だった。

 生まれた頃からウルトラシリーズがあり、SFが未来の理想として語られていた時代に育ってきた自分にとって、「最初に読んだSF」を特定するのは難しい。
 だが、最初期に読んだ「SF」の一つがジュブナイル版の『宇宙戦争』だったのは間違いない。
 三本脚の戦闘機械に乗って襲ってくる火星人たちは、当時の自分にとって紛れもなくバルタン星人やクール星人たちの「大先輩」だったのだ。
 あのころ、戦闘機械と20世紀初頭のイギリス軍、特に衝角駆逐艦「サンダー・チャイルド」との戦闘シーンにワクワクしたのは、自分だけではないはずだ。

 そんな原点とも言える『宇宙戦争』だが、大人向けの完訳を読んだのは、成人してずいぶんたってからだった。
 その時初めて気がついたのだが、ウェルズが主に描いていたのは、未曾有の災厄に見舞われた避難民たちの物語であり、当時、屈指の大国だった大英帝国の国民が「他の動物と同じになり、ひそみ、見張り、走り、隠れる」存在に成り果てた姿だったのだ。

 そうした意味でスピルバーグ監督、トム・クルーズ主演の映画『宇宙戦争』は、原作のテイストをうまく取り込んで再現している。
 派手な戦闘シーンや冒険活劇を期待する向きには薦められないが、今度の映画化は約五十年前の映画化よりもはるかに原作に近い雰囲気に仕上がっている。
 確かに映画の中心になっている「親子の絆」を始めとする付け足しは原作にはないけれど、主人公の動機付けとしてはありがちながらうまく行っているだろう。
 まあ、それよりなにより、初めてトリポッド(三本脚)こと戦闘機械が地中から姿を現すシーンで、その巨大っぷりの表現の巧さに充分満足してしまったのだが。

 100年前が舞台の原作を現代に移すにあたって少々つっこみ所もなくはないが、それも充分許容範囲だろう。むしろ、原作のエピソードをいかに置き換えるか、という点で楽しめた所も多い。
 原作を読んだことのある古典的SF者にこそ、じっくり観賞してたっぷりつっこみを入れてもらいたい(笑)作品だ。

 若干ネタバレだが、自分が子供の頃に大好きだった「衝角駆逐艦vs戦闘機械」のシーンは、今度の映画には存在しない。
 とはいえ、そのこと自体は気にならなかった。
 むしろ残念だったのは、戦闘機械を操る宇宙人(「火星人」でないのは、さすがに許容範囲だろう)がタコ型をしていないということだ。

 ……やっぱり、これって少数意見だろうか(^^;)。

p.s.
 ちょっとぐぐって見たところ、あのラストの展開を唐突だと感じた人が多かったらしい。
 ということは、昔は常識だった「○○にやられる宇宙人」って原作を知ってる人がほとんどいないのね……。
 やっぱり『宇宙戦争』『地底旅行』は、小学生の必修科目に……無理か、やっぱ。

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2005.07.01

詩人・医者・ユマニスト

 ノストラダムスというと、あなたはどんな人物を想像するだろうか?
 偉大なる霊能者か、単なるペテン師か、オカルト狂いの変人か。そのあたりが一般的なところかもしれない。
 かくいう自分も似たような印象を持っていたのだが、果たして、本当はどうなのだろう?

 そんな疑問にまじめに答えてくれるのが横山紘一・高田勇・村上陽一郎編『ノストラダムスとルネサンス』だ。
 三人の編者を含む11人の執筆者たちによって紹介されるのは、「フランス・ルネサンス時代に生きた典型的知識人」としてのノストラダムスの姿だ。

「オカルト」が現代のように「呪術」の類義語ではなく、机上の空論を離れて宗教・哲学の源流を探ろうとする最先端の「学術運動」だった時代背景を抜きに、ペスト対策に尽力した医者であったノストラダムスが占星術師・予言者として有名になっていくのは理解できないだろう。

 そもそも彼の預言が詩として書かれたのは(インパクトがあってどうとでも取れる、というメリットもさることながら)「詩人は予言者であり、神の霊感を受けて詩作をするものが真の詩人である」とする当時の文芸運動・プレイヤード派の詩人たちの考えと軌を一にしているというのは、この本を読んで初めて知った。
(いや、本当は「プレイヤード派」についてもこの本で初めて知ったにひとしいのだけど……(^^;)。)
 文学のみならず大学改革論や歴史背景や思想・哲学の動向など、フランス・ルネッサンス全般の解説書としても読むことができるのもこの本の特徴だ。

 もちろんノストラダムス自身についても、祖父の代にカトリックに改宗した「改宗ユダヤ人」の家系に生まれ、そのために普通の信徒以上にカトリック教会寄りな姿勢だったことをプロテスタント派に非難されたことや、彼の最初の著書が医者として書いた『化粧品とジャム論』(どちらも当時は医薬品&栄養食品扱いだったそうだ)だということなど、興味深い背景が解説されている。

 ……そもそも、あの「1999年、7の月」で始まる詩の初出は『予言集』の中でもノストラダムスの死後2年も立ってから出版された版で、ノストラダムスの真作かすら疑う余地のあるものだったなんて、知る人は多くないんじゃなかろうか。

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