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2004.11.09

紀元前2世紀の研修旅行

 先日、帰り道に読む本が無くて買った藤田勝久『司馬遷の旅』にビシバシと刺激を受けまくる。
 タイトル通り司馬遷が経験した七回の旅と、その『史記』への影響について書かれた本だが、特に面白いのが有名な第一回目、二十歳の時の旅についての論考。
 著者はこの旅が従来言われていたような「史書を書くための取材旅行」ではなく、宗廟の儀礼をつかさどる「太常」の属官である大史令の息子として、始皇帝が巡航先で行った祭祀の調査と魯・斉での儒教儀礼の修行が目的だったとしている。
 司馬遷とその父・司馬談がなった「大史令」という官職は、本来は暦や天文(この場合、ぶっちゃけて言えば星占いだ)を担当して、その関係で記録文書を扱うようになった仕事なのだ。

 ううむ、これは面白い。
 確かに本業じゃない「歴史書のための取材」より、家業を継ぐための修行と考えた方が、今ほど簡単じゃなかった長期旅行に出る理由にはふさわしいだろうなあ。
 上っ面の知識としては知っていたけど、この本であらためて再認識した。
 こういう事があるから、読書はやめられない。

 もう一つ『司馬遷の旅』では、武帝の封禅の儀式に参加できなかった司馬談が後事を息子に託して憤死したことについて、いわば儀礼の専門家である大史令でありながら、歴史的祭儀である封禅の運営を方士達に奪われたためではないかと考察している。
 そりゃ、カトリックの司祭が

「あ、クリスマスのミサはどこぞの霊能者にまかせるから、あんたは留守番してて」

 とか言われたら、死ぬほど怒るだろうなあ。
 しかも司馬談の場合、後ろ盾になってくれるローマ法王もいなかったわけだし。

 こうしてみると当時の「儒教」や「礼楽」というのは、普通我々が考えているよりはるかに神秘的な側面が強くて、それが行き着くところまで言ったのが緯書を重視する前漢末~後漢の「儒教オカルティズム」の時代ではないか……なんて所まで妄想が進んでいくのであった。

 実はこの本、まだ読了していない。
 読み終えるのが楽しみというか、読み終えた後が楽しみというか。

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