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2004.11.19

100冊目。

 今年に入ってから読んだ本のタイトルをメモにつけていたのだが、初読や再読、小説からノンフィクションまで、ライトノベルも学術書も各種取り混ぜてようやく100冊目を読み終わった。

 本当に読書をメインの趣味にしている人から見れば年間100冊なんてたいした数じゃないのだが、他にもゲームしたりマンガ読んだりただ怠惰にひっくり返ってたりすることの多い人間としては、まあこんな所だろう。
 図書館や友達から借りた本、再読した手持ちの本もだいぶあるが、新刊や古本で買った分もずいぶん多い。これにコミックスを加えれば、本屋(古本屋含む)に結構な金額つぎ込んでるんだろうなあ……。

 ちなみに100冊目は山田風太郎『武蔵忍法旅』
 やっぱり、山田風太郎は面白い。
 

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2004.11.12

源氏でなくても将軍に「は」なれる

 司馬遷を現代人の考えるような「歴史家」としてではなく、「祭祀の専門家」でありごく平均的な官僚として見せてくれた『司馬遷の旅』に引き続き、見慣れた歴史を斜め横から見せてくれる本をもう一冊。
 岡野友彦『源氏と日本国王』を読了。

 源頼朝が鎌倉幕府を開いてより徳川慶喜の大政奉還に至るまで、日本の国家主権を握っていたのは「征夷大将軍」……という常識に思い切り揺さぶりをかけてくれる本。
 つまるところ「征夷大将軍」とは単なる軍事長官に過ぎず、国家の主権者たることには別のよりどころがあった。それが「「たまたま臣籍に身を置く皇族」に他ならず、いざというときにはいつでも親王に復し、皇位につくことすら可能な「氏」(本文より)」=「源氏」の「長者」という立場ではないか……というほど簡単ではないが、その間単にまとめられないことを素人にもわかりやすく解説してくれているのがありがたい。
 
 終章に書かれていた「劉氏の漢」「曹氏の魏」「李氏の朝鮮」などと同じく、「天皇氏」の国号が「日本」であり、中華皇帝的な立場を目指した信長や秀吉の存在が天皇家に脅威だったこと、さらには秀吉の朝鮮出兵失敗による「中華皇帝路線」の行き詰まりの結果、家康が従来の日本の枠内に収まる「源氏長者」として国家主権者になったという説も非常に面白かった。

 「氏」と「家」の関係など、いろいろと興味深いところをつついてくれる。
 日本史に興味がある人にはかなりおすすめ。

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2004.11.09

紀元前2世紀の研修旅行

 先日、帰り道に読む本が無くて買った藤田勝久『司馬遷の旅』にビシバシと刺激を受けまくる。
 タイトル通り司馬遷が経験した七回の旅と、その『史記』への影響について書かれた本だが、特に面白いのが有名な第一回目、二十歳の時の旅についての論考。
 著者はこの旅が従来言われていたような「史書を書くための取材旅行」ではなく、宗廟の儀礼をつかさどる「太常」の属官である大史令の息子として、始皇帝が巡航先で行った祭祀の調査と魯・斉での儒教儀礼の修行が目的だったとしている。
 司馬遷とその父・司馬談がなった「大史令」という官職は、本来は暦や天文(この場合、ぶっちゃけて言えば星占いだ)を担当して、その関係で記録文書を扱うようになった仕事なのだ。

 ううむ、これは面白い。
 確かに本業じゃない「歴史書のための取材」より、家業を継ぐための修行と考えた方が、今ほど簡単じゃなかった長期旅行に出る理由にはふさわしいだろうなあ。
 上っ面の知識としては知っていたけど、この本であらためて再認識した。
 こういう事があるから、読書はやめられない。

 もう一つ『司馬遷の旅』では、武帝の封禅の儀式に参加できなかった司馬談が後事を息子に託して憤死したことについて、いわば儀礼の専門家である大史令でありながら、歴史的祭儀である封禅の運営を方士達に奪われたためではないかと考察している。
 そりゃ、カトリックの司祭が

「あ、クリスマスのミサはどこぞの霊能者にまかせるから、あんたは留守番してて」

 とか言われたら、死ぬほど怒るだろうなあ。
 しかも司馬談の場合、後ろ盾になってくれるローマ法王もいなかったわけだし。

 こうしてみると当時の「儒教」や「礼楽」というのは、普通我々が考えているよりはるかに神秘的な側面が強くて、それが行き着くところまで言ったのが緯書を重視する前漢末~後漢の「儒教オカルティズム」の時代ではないか……なんて所まで妄想が進んでいくのであった。

 実はこの本、まだ読了していない。
 読み終えるのが楽しみというか、読み終えた後が楽しみというか。

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存在目的は死と破壊のみ

 出版から一年半ほど経ってしまったが、ジェイムズ・バイロン・ハギンズ『凶獣リヴァイアサン(上)(下)』を読了。
 実は出た直後に買って上巻の半ばくらいでずっと止まっていたのだが、頭から再読をはじめた後は一気に読み終えた。

 北極圏の絶海の孤島にある秘密研究施設、新技術による遺伝子操作で生み出された生物兵器の暴走、閉鎖空間で次々と餌食になっていく人間達……と、日本だとビデオ公開になるようなハリウッド製B級怪獣ホラーにありそうな設定がまず嬉しい(笑)。
 だが、この作品が並のアメリカ産怪獣モノと一線を画しているのは、体長10.5m、体高4.8mのリヴァイアサンが対戦車ロケットの直撃ですら死なないという、すさまじい耐久力(と回復力)の持ち主であるおかげだ。
 やはり「怪獣」たるもの、単なる巨大生物と違って砲撃・銃撃をものともせずに暴れ回らなければいけないのだ。

 原書はキリスト教系の出版社から出たとかで宗教的な善悪論も目立つが、読んでいて引っかかるほどでもない。
 カトリックの司祭でもある身長2.4mの巨漢・トールのキャラクターもいい。

 惜しむらくは、(人間の)悪役達があまりにも「事態を理解していないバカ」として描かれているのが残念。
 この辺が序盤で引っかかってなかなか再開できなかった原因かもしれない。

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2004.11.02

ここ2ヶ月ほどで読んだ本

 ほかにも面白い本をいくつも読んでいるのだが、取りあえず感想がまとまった物をいくつか。

A・チュツォーラ『ブッシュ・オブ・ゴースツ』
 この作者の語り口は、あとがきの表現をかりて「あっけらかん」と言うのが一番ぴったり来る。
 そのあっけらかんとした語り口で怪奇やら苦難が語られるからか、とっぴょうしもない話に妙なリアリティと言うか、息づいているものが感じられる。
 鬱蒼とした藪の中、周りをアフリカの民芸品に囲まれているような、しかもそれがみんな生きているような、そんな気分にさせてくれる話だった。

バリー・ヒューガート『鳥姫伝』『霊玉伝』『八妖伝』
 前々から評価は聞いてたけど手を出しそびれてたシリーズ。
 じつは読むまではカバーイラストから「中華風エディングスみたいな作品を想像していたのはここだけの話(笑)。
 『ブッシュ・オブ・ゴースツ』とあまり間をあけずに読んだので、たっぷりマジックレアリズム漬けになった気分だった。……って、マジックレアリズムの意味、あってるかな?
 10年前ならきっと読むのを挫折したであろう話。
 なにせ、時代が一応唐の初期らしいのだが、伝説の秦王はいまだに虎の仮面をかぶって自国を支配しているわ(しかもその国が海沿いにあるらしい)、宋代の話のはずの藩金蓮が妓女の神として信仰されているわと、時代も地理関係もかなりむちゃくちゃ。
 だが、原書の副題は「A Novel of an Ancient China That Never Was」。
 作者は明らかに「わかって、やっている」のだ。
 周回小説の西域や東南アジアの知識レベルを中国本土にまで適用した、と思えば意外なほど違和感のない話で、固有名詞にちゃんと漢字を当てて訳した訳者は見事……と思っていたらポケミス版「ディー判事」シリーズの訳者と同じ人だった。

秋津 透『フロントミッション4 III』
 元になったゲームはやったこと無いのだが、ある事情で入手。モトネタを知らないのでそれなりに楽しめればOK、と思って読み始めたのだが。
 思 い っ き り ツボにはまりました。
 軍隊に極めて近いけど軍隊じゃない「デュランダル」という組織の存在やドイツ軍基地をいきなり襲撃した謎の部隊など、魅力的な設定はゲームからの物だと思うが、それを元ゲームを知らない人間にもたっぷり楽しませてくれるのはさすが。
 こういう物をモトネタの設定を知らない人間にも楽しめるようにするのは、実はかなりの技がいるのではないだろうか。
 ……まあ、こちらが「パイルバンカー」といわれてどんな物か即座に想像がつくボトムズ世代ってのもありますが(^^;)。

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