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2004.03.11

逃避の果てに

 今日では、即断即決を強制する状況下で、どこまで「優柔不断」を保持できるかと言うことが、人間的であるための重要なよりどころとなりつつある。

 ……というのは、月刊「しにか」最終号に載った別役 実氏の連載コラムの一節だが、この論で行くと、自分は実に人間的な生き方をしているらしい。
 そもそもが「明日出来ることを今日するな」という発想の持ち主の上、別に嫌なことでなくても「現状でベストの判断」が出来ない、と思ったときは、つい結論を先延ばししてしまうタイプである。

 で、先延ばしして何をするかというと、することは「逃避」と決まっているわけで。
 昨日も「0時回っちゃったし、とりあえずPSOでもするか」とテレビに向かってゲームを始めて、20分ほど遊んだところ……。

 ジジジジジジジジジジジジジジジッ、ジッ、ジッ、ジッ、ジッ、ジッ、ぷつん。

 ………………(唖然)。
 ゲーム機ではありません。
 テレビからこんな音がして、それっきり逝ってしまわれました。
 人間、優柔不断でむやみに逃避などするとこんな罰が当たるのだなあ、と反省しつつ、ソフトリセット成功&オープニングデモ開始をディスクの作動音で判断して、ゲームキューブの電源を切ったのでありました。

 だからといって、翌日、サポートセンターに修理費聞いた直後に新品購入を即決してくるのも、われながらいかがなものか。

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