2008.07.16

アメリカ北東部の闇へ

『一角獣・多角獣』と一緒に注文していたアニオロフスキ編『ラヴクラフトの世界』を読了。
 本自体は2006年の出版だけど、つい買いそびれていた本。
 読む前に予想していたより、かなり良い感じだった。
 アメリカ北東部を舞台にした作品集、という構成からか、現代版『宇宙からの色』的な作品が多かったが、それも含めていい感じのアンソロジーだった。
 個人的には、少々アクションより過ぎるかもしれないが「コロンビア・テラスの恐怖」の主人公が気に入った。
 多分シリーズもののキャラクターだと思うが(前作への言及らしいくだりがあった)、チビ・デブ・ハゲの43歳という自分を自覚しながら、くじけずに超自然の存在相手に人助けをしようとする姿が泣ける。
 逃げてばかりの自分自身と見比べて、ちょっとかっこよすぎる。
 リン・カーターの作品は、先日読んだばかりの『エイボンの書』収録作とのリンクににやりとさせられた。
 そうか、どっかで見た名前だと思ったら、オサダゴワーって『暗黒の儀式』に出てきた名前だったか。
 その他の作品も意外と高水準。
 もちろん好みの差はあるが、全体にかなり楽しめた。

 大瀧氏の訳も言われているほど悪くない(というか、この程度ならクセが強いうちに入らない気がする)のだが、後書きで訳者がえらそうにしているのはどうかなあ。
 思わず『今日の早川さん』の岩波さんを連想してしまった(笑)。

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2008.07.14

救いがあったり、無かったり

 神保町で見つからず、Amazonで取り寄せたシオドア・スタージョン『一角獣・多角獣』を読了。
 北原尚彦氏の解説で「異色作家短編集」というシリーズ名の「異色作家」の定義について書かれていたが、なるほどSFともファンタジーともホラーともミステリとも言い切れない、独特の作品が収録されている。

 つらい落ちの話しも多く、決して「直球ど真ん中で好み」という訳ではないのだが、それでも読んでいて引き込まれる作品が揃っている。
 途中まで忘れていたが、収録作のうち「孤独の円盤」はSFM500号記念の時に読んでいた。
 あのときも、つらいけどいい話だと思ったっけ。

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2008.07.08

夏らしく怖い話を読む

 ……読んでるときは全く考えてなかったんだけど、もう夏だからそういうシーズンなんだよな。
 オーガスト・ダーレス編のホラー・アンソロジー『漆黒の霊魂』を読了。
 なかなか面白かった。
 元が1962年に出た書き下ろしアンソロジー(すでに故人の作者については未発表の遺稿を収録)との事で、今の目で見るとやや古めかしい作品もあるが、それも含めていい味わいの作品が収録されている。
 取りあえず印象に残った作品の感想をいくつか。

『ミス・エスパーソン』スティーブン・グレンドン
 作者はダーレスの別ペンネーム。
 やっぱりダーレスって小説上手いなあ。
 なのになんでクトゥルーものの「合作」だけあんな作品になっちゃうんだろう。

『カーパー・ハウスの怪』カール・ジャコビ
 ネクロフィリアな人には勧められない……いや、ホラーだからお薦めの作品、になるのか?
 文章から死臭が漂ってくるような感じが凄い。

『灰色の神が通る』ロバート・E・ハワード
 この本に収録された中ではちょっと異色な、歴史時代のアイルランドを舞台としたハワードらしい作品。
 キリスト教化したアイルランド・スコットランド系諸族と、まだオーディンへの信仰を持っていたゲルマン系諸族の激突にゲルマン神話の没落を絡めて、かなり迫力のある仕上がり。
 とにかく部族名と人名が解説抜きで大量に出てくるので、誰がどっちの勢力なのか予備知識があるか読み返すかしないととてもついて行けない状態になるのだけが欠点か。
 この辺が生前未発表だった所以かも。
 でも、ハワードが本当に書きたかったのは、こういう作品なんだろうなあ。ファンなら一読の価値有り。

『魔女の谷』H.P.ラヴクラフト&オーガスト・ダーレス
 これは神話ネタがミスカトニック大学と蔵書の「ネクロノミコン」しか出てこないせいか、合作ものでも悪くない仕上がり。

『窯』ジョン・メトカーフ
 うーん、凄くいやな後味の作品(注:ホラーとしてはほめ言葉)。
 主人公の度を超した思いこみ&思い入れの感じが、クライマックスへ向けてどんどん盛り上がっていくのがさすが。


 このほかの作品も結構いい感じ。
 丸善で衝動買いしたんだけど、かなり楽しめた。

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2008.07.04

再開、そして魔道書のこと

あまり構えてしまってもますます書けなくなるだけなので、唐突だけど更新を再開してみる。
ちょっとしっかり書こうと思いすぎていた本の感想も、少々略式気味で行こう。


C.A.スミスのファンとしては待ちに待った新紀元社ロバート・M・プライス編『エイボンの書』を発売日に購入、先月28日には読了。
C.A.スミスの作品とリン・カーターのオマージュ作品を中心に、後続の作家たちが間をつなぐエピソードや呪文書部分を補作し、『ネクロノミコン』と並ぶ魔道書の再現を目指した一冊。
C.A.S.以外の作者による部分も、心配したほどの違和感もなく読め、結構満足な出来だった。
これには、細かい設定の違いを新約聖書内の矛盾にたとえてフォローした編者解説(各作品の前についている)によるところが大きい。
……おかげで少々ネタばれ気味のものもあるけど。

後続作家による部分で、しばしば魔術師の行動規範に禁欲をもとめる話が出てくるが、C.A.S.の作品を見る限り、彼が魔術師に道徳的な理由以外で禁欲の必要性を感じていたとは思えないのだけどなあ。
『魔道師エイボン』(青心社版での邦題)こと『土星への扉』の最後でも「さほど上品ぶりさえしなければ、ある種の女たちもいた」なんてことになってるし。

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2008.02.28

圧倒的復讐譚

 前にも書いた気がするが、自分は結構「基礎教養」扱いの名作を読み損ねたまま来てしまっている。
 古本屋巡りの甲斐もあってだいぶフォローしてきたのだが、そういう本に限って読み終えた直後に新装版が出たりする。
 で、「これは絶対新装版が出るから、古書で買わずに待っておこう」と待ち続けてもう5年以上。
 ようやくアルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』の新装版が出たのを知り、ついに読むことができた。

 帯の夢枕獏氏も、解説の浅倉久志氏も書いているが、一読して伝わってくるのがその迫力
 冒頭から、それだけで短編一本書けそうなアイデアがこれでもかと注ぎこまれ、混沌と退廃に満ちた25世紀の舞台を作り上げている。
 その舞台の上で主役を演じるのが、圧倒的な復讐心により突き進むガリヴァー・フォイル。

 SFに興味のある人ならば、この作品が「ジョウント」と呼ばれるテレポーテーション(ただし、移動できるのは実際に目で見たことのある場所の間だけ)が一般化した世界で、破壊された宇宙船にただ一人生き残った主人公が、自分の救難信号を見つけながら無視して去っていった宇宙船『ヴォーガ』への復讐を誓うシーンから始まることは、どこかで知っていることだろう。

 それ以上の予備知識は、できるだけ仕入れずに読む方がいい。
 そしてこの物語の凄まじさを、存分に味わうのだ。

 いや、ほんとに凄かった。
「傑作」と言われ続けるのもよくわかる。

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2008.01.18

倭から唐へと来た男

 単行本にまとまったのは2004年。
 新書判が出たのは昨年の夏。
 正月休みに買ってきて、全四巻を10日ほどで読み終えてしまった。
 あとがきによれば、書き上げるのに実に足かけ18年もかかったとのこと。それを作品をこんな短時間で読んじゃったのは、ある意味、すごく贅沢な読み方かもしれない。

 夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』

 いや、実によかった。
 正直、最初は『陰陽師』のコピーになるのではないかと心配しながら読み始めたのだが、最初から完成されている安倍晴明に対し、これから「密を盗」んでやろうという空海の、強力だがまだ未完成な部分がちゃんと見えて、空海独自のキャラがたっているのがいい。
(橘逸勢も元々の屈折した部分を見せてくれているのだが、身の程を知って「よい男」になってしまった後なので、立場上、博雅と少々かぶってしまうのは仕方のない所か……。)

 それにしても夢枕獏という人は、感動している人を描くのが実に上手い。
 慨嘆するシーンも上手い。
 作中、ある人物が


「およそ、この世に不様でない人間などいるであろうか。」

と血を吐くような叫びを上げるシーンなどものすごくいい。

 いかにも獏さんらしく、あとがきで「ど傑作を書いた」と自画自賛している。
 それでも反発を感じないのは、


 俺の読みたいのはこんな物語だ

 って想いがストレートに伝わってくるからなんだろう。

 夢枕獏の文章の魅力ってのは、凝った本文を続けておきながら、ここぞという所で、すごく素朴な言葉を、絶妙のタイミングで投げつけてくる所にあるのだよな。

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2008.01.08

「怪獣予報」は無理そうだけど

 MATもTACも、ウルトラ警備隊も無い。
 何でも解説して超兵器を発明してしまう「博士」もいない。
 にもかかわらず、生物学や物理学の法則を無視した「怪獣」だけが実在する世界。
 そんな怪獣への対策を担当しているのは、気象庁の一部署である。
 何で気象庁かって?
 怪獣災害は地震や台風と同じ自然災害なのだから、例え現場には自衛隊が災害出動したとしても、担当省庁は気象庁になるのだ。

 これが山本弘『MM9』の基本設定。
 主役チームを自衛隊にしなかったのがこの作品の上手いところ。おかげで、ストーリーが単なる戦闘アクションに終始せずに済んでいるのだ。

 怪獣が存在する理由とされている「多重人間原理」はある意味夢オチなみの力業とも取れなくは無いが、それもちゃんと物語のオチに直結しているあたりがいい感じ。
 折り込まれてた新刊案内みたいに「ハードSF」と呼ぶには無理があるが、少なくともジャンルSFとしては立派に成立していると思う。

「怪獣特撮はSFじゃない」
 って台詞は、ある一定以上の年齢のSFファンなら一度は聞いたことのあるフレーズだが、言ってみればこの作品は
「怪獣特撮をいかにSFにするか」
に挑戦した作品ともいえるだろう。

 内容は全5話構成の連作短編になっているが、各話がちゃんと後の話の伏線を含んでいるため、全体としてのまとまりも悪くない。
 最終話の怪獣の名前はちょっとラノベ風味効きすぎな気もするが、ある意味それも含めて絶妙な平行世界モノとして(あるいは、パロディ小説として)も読むことができる。

 まあ、なんだかんだ行っても個人的には第1話で、怪獣の正体がわかったときに本部のなかで正体をさす言葉が飛び交うシーンに、妙なリアリティーを感じてしまったのが評価のきっかけだったりする(笑)。
 こういうネタは、細部が大事なんだよ。

 なお、カバーイラストにはまるでハリウッドゴジラの場面のような破壊されたビルが出てくるが、基本的にこの小説はカバーのような事態を避けるために全力を尽くす物語なので、その点はご注意を。

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2008.01.03

今年もよろしく Ver.2008

 元日はむやみに混んでいたり、二日は納めるつもりの昨年のお守りを忘れて行ったりして、近所の神社に三箇日の間毎日行く羽目になった。
 それ以外はのんびり寝正月。
 ゲームして本読んでTV見て寝る……怠惰だなあ。

 そんな間抜けな年明けですが、本年もよろしくお願いします。

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2007.12.31

来年もよろしく Ver.2007

 今年読んだ本の感想もまとめられないまま年末を向かえてしまった。
 今年読んだ本は94冊。
 G.R.R.マーティン『タフの方舟』に始まり、山本弘『MM9』で終り。
 小説以外の本では、竹原春泉『桃山人夜話~絵本百物語』から長野仁・東昇・編『戦国時代のハラノムシ』まで。

 12月20日の記事を書くきっかけになった京極夏彦『魍魎の匣』を始め、今年は長年積読だった本や、いつか読んでおこうと思っていた本を結構消化できた。

 来年も過去の宿題を消化しつつ、新しいものに手を出して行ければいいなあ。
 では、来年もよろしく。


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2007.12.20

先日、帰りの電車の中で考えたこと

 結局のところ、俺は逃避のために本を読んでいるのだ。

「逃避」などと言うと軟弱な話に聞こえるが、これは決して現実から逃げ出してしまって帰ってこないという意味では無い。
 日常生活で背負い込んでいる立場や責任を離れ、その重みを降ろして力を抜く時間をとること、そうして再び翌日から(あるいは数十分~数時間後から)全力で日常の生活に取り組むための気力を取り戻すことを言っているのだ。

 自覚の有無に関らず、こうした「逃避」の方法は、誰でも必ずあるに違いない。
 それは読書とは限らない。あるいはスポーツ観戦(人によってはプレイする側の場合も)かもしれないし、映画やテレビかもしれない。
 音楽を聞くこと、友達と話をすること、たまに贅沢して美味しいものを食べること、酒を飲むことや風呂に入ること。
 人によっては家族の笑顔を見ることだったり、単に空想にふけることだったりするかもしれない。
 だがいずれにせよ、誰もがしばしの間、日ごろの憂さを忘れるための逃避手段を持っているはずだ。

 こうした逃避手段を本当に持っていない人間は、よほど気楽でふぬけた生活を送っているのだろう。
 でなければ、とっくに日々のストレスに押しつぶされてしまっている。

 自分の場合、そうした手段の重要な一つが読書なのだ。

 だから自分は本を読む時に、実生活で酷使している以外の部分で負荷がかかっても、あまり気にならない。
 少しばかり小難しい学術書を読んでも、そこで酷使される「心の部分」は、日常生活で酷使される「部分」とは別の場所になる。
 ちょうどデスクワークで目や肩を酷使したあと、景色のいいところを散策して歩くのと同じだ。多少、足が疲れても、今までこっていた部分はだいぶほぐれてくれる。
 そうなれば再び机に向かおうという気分にもなれるというものだ。

 だがこの時、実生活で感じるのと同じ種類の負荷を感じてしまうと、途端に本を読み進めるのがつらくなる。
 本の内容が必ずしも実生活に似ていなくとも、そこで感じる「負荷」を同じ部分で感じた途端、どんなに面白い本であっても読むペースががくっと落ちてしまうのだ。

 ……いや、以前から「駄作でもないしつまらなくもないんだけど、どうしても途中で挫折しがちになる本があるのは何でだろう」と考えていて、ようやく理由が思いついたのがこれ。
 少々読みづらいのはご容赦を。

 ちなみに、普通は「息抜き」とか「気分転換」とか言われるようなことをあえて「逃避」と表現したのは、J.R.R.トールキンの『妖精物語の国へ』をふまえてのこと。
 最初に読んだ時はファンタジーを「逃避文学」呼ばわりされたことへの反論なだけかと思っていたんだけど、今になって見るとたしかに「逃避」って表現には適切なひびきもあるような気がしてきた。

 トールキンが立ち向かわなきゃならなかった現実ってのは「第一次世界大戦の最前線」という、およそ想像を絶する過酷な代物だったわけで、仕切りなおす時間の必要性は本当に切実だったんだろうな。

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«これも天意か。